土日更新目指してます!古い年代から進めて今に至る。

皇帝を選ぶ帝国へ!帝国後期の激動の始まり!

こめ

神聖ローマ帝国のお話!
今回少し短めです。

わしみ

あのまとまってない国のことか。

ひつじだ

なんか皇帝がいっぱいいて覚えられないっ…!

神聖ローマ帝国の基本ルール

こめ

ちょっと遡ります。現在ルクセンブルク朝。
その前は十字軍とかの王朝、有名なのはフリードリヒ2世とかですね。

こめ

そこからいい感じの皇帝がいない大空位時代があり、初のハプスブルク家のルドルフ1世が皇帝になり、そこからルートヴィヒ4世になります。
ただこの人は教皇と揉めて破門になり、新たにカール4世になりました。

カール4世
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ひつじだ

ああそうか…皇帝は帝国内の国の王様も兼任してたりするんだっけ!

こめ

金印勅書(きんいんちょくしょ)というこれぞ神聖ローマ帝国のルールを作りました。
神聖ローマ帝国は300近くの国がまとまってるんですが、皇帝が変わるたびにそこから選挙してました。

こめ

それだとまとまらないし、だるいので、7人に絞ろうってなります。
これを選帝侯(せんていこう)といいます。

ひつじだ

確かに7人くらいなら、まあなんとかなりそうだよね!
300はちょっと…。

こめ

こうなると皇帝は自分の息子に次の皇帝になって欲しい時、「選帝侯にお願いしておく」ってことになるので、選帝侯に皇帝がペコペコすることになるのです。

大学作ったり、戦争で負けたり

こめ

カール4世はボヘミアでプラハ大学を作りました。
そこの学長にヤン・フスがなります。この2人の銅像が今も立ってます。

ヤン・フス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カール4世銅像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヤン・フス銅像
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
わしみ

唐突に出てきたこの男は一体何者だ?

こめ

この後に宗教改革の先駆者となり、悲劇の最後を迎えます。
そしてカール4世の後はパッとせず、ジギスムントの時代になります。

ジギスムント
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
こめ

この人はオスマン帝国とニコポリスの戦い負けてしまいました。
相手はバヤズィト1世。稲妻と呼ばれた男でした。

バヤズィト1世
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ニコポリスの戦い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
わしみ

お、おい!この戦いの絵、よく見ると首が!

ハプスブルク家の返り咲き

こめ

この頃教会の大分裂があり、ジギスムントはコンスタンツ公会議を開き、これをまとめました。
その会議に呼ばれたヤン・フスは火刑に処され、これをきっかけにフス戦争が始まりました。

ひつじだ

そこそこ長いこと戦争してたんだね…!

こめ

はい、そしてここからハプスブルク家が皇帝になります。
マクシミリアン1世は戦争より結婚を重視し、結婚による勢力拡大を進めていきました。これが大成功でした。

マクシミリアン1世
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ひつじだ

戦争より結婚…!ま、まあそれは平和だからいいよね!

こめ

この後カール5世とか有名な皇帝に続いていくのでした!

カール5世
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あとがき

こめ

神聖ローマ帝国も過去記事と繋がってきた!

ひつじだ

何年も前に描いた人…懐かしいね!

わしみ

2022年だと…もうそんなになるのか!

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