

前回まで地獄の王朝ラッシュを1〜4まで文字や地図でやりました。
今回はもう少し絵にして深掘りします。



まさか全部やるんじゃないでしょうね。



大きい王朝だけでいいゾ〜。
アッバース朝のその後①





だいぶ前にやったアッバース朝が途中でしたので、おさらいも込みで話します。
まず最盛期のカリフはハールーン=アッラシードです。カール1世のことを知っている関係のようですが、ハールーン=アッラシードの方が格上みたいです。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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最盛期の後は衰退していきます。
アッバース朝衰退の理由は、カリフが複数登場することによる権威の低下。
サーマーン朝など独立する王朝が出てきた。
カリフがマムルーク(奴隷軍人)を頼りまくったことで、権力がそっちにいきがちだった。



ここで反乱が起きてもっと弱くなっちゃうんだゾ。
…あれ、変な人たちがこっちを見ているゾ。
アッバース朝のその後②





弱くなったアッバース朝より俺のがカリフに相応しいと、登場したのがファーティマ朝。
同じくカリフを名乗るのに相応しいと言い出したのが後(こう)ウマイヤ朝。アッバース朝の前のウマイヤ朝の生き残りがつくった王朝です。



三王朝からカリフを名乗る人が出てきたわけね。
舐められまくりね、アッバース朝。



そこに登場した新勢力がブワイフ朝です。
ガクブルのアッバース朝に協力する名目で、大アミール(大将軍)の称号をGET。
アッバース朝カリフは象徴としているけど、実際の政治に関わることはブワイフ朝がやりました。



そんなブワイフ朝を滅ぼしてきたのがセルジューク朝です。
ブワイフ朝に代わって、スルタン(皇帝)の称号をGET。



ちょっと!モンゴル軍が来て滅亡しちゃったじゃない!
返しなさいよスルタンの称号。



カリフは生き延びてマムルーク朝に保護されましたが、こちらもマムルーク朝滅亡とほぼ一緒に完全終了しました。
セルジューク朝





今度はセルジューク朝の話です。
トゥグリル=ベクがつくりました。
官僚がイラン人が多くて、イランとイスラームの文化が混ざり栄えました。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



甥っ子の代になると、ビザンツ帝国と戦ってます。
ここでの勝利でアナトリア半島に進出。一族が分家みたいな感じでルーム=セルジューク朝をつくりました。





パォ。皇帝捕まっちゃったゾ。ローマ帝国以来の恥ずかしい出来事だゾ。




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十字軍に聖地が取られちゃったゾ!
頑張って取り返しに行かないと!
…あれ、内乱してたら奪還どころじゃなくなってるゾ!
その他周辺の動き





他の王朝はサラッといきます。
アッバース朝から独立したサーマーン朝でしたが、ガズナ朝が独立、カラ=ハン国に倒されました。



あらあら可哀想。せっかく独立したのにね〜。
そんなカラ=ハン国は11世紀に大変なことになってるわ。



東西に分裂し、西はさっきやったセルジューク朝に従うことになり、東はカラ=キタイ(西遼)に支配されました。
このカラ=キタイは中国の方にいた契丹族のリーダーの耶律大石(やりつたいせき)がつくった国です。
この頃中国は遼(りょう)という国だったんですが、金(きん)という国にやられちゃいました。



なるほどね、西に逃げてきた遼の生き残りだから西遼(さいりょう)っていうわけ。



一方独立したガズナ朝ですが、ゴール朝に倒されました。
この二つの王朝はインドを攻めまくってます。



その後ゴール朝はホラズム朝に倒され、一部はデリー=スルタン朝に独立されました。



なんかさっきと同じことしてるわね。
あとがき



季節の変わり目で肌寒くなってきましたね。
薄着だと風邪ひきます。



勉強してる場合じゃないんだわ。冬眠の準備しないと。



ボクは食欲と芸術の秋で最高に楽しいゾ!
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