
こめちょっとフライングして平安時代の内容もありますが、
遣唐使と奈良時代の民について語ります。
しきょうぽっぽー!
菅原道真大先生!
ひるまあ、学問の神様!
遣唐使の流れ

こめちょいちょい出てきた遣唐使(けんとうし)について話します。
始まりは飛鳥時代、舒明天皇(じょめいてんのう)により犬上御田鍬(いぬかみのみたすき)が唐に向かったのが始まりです。

しきょうこの時の唐の皇帝は李世民(りせいみん)であります!

ひるまこの前に似たような名前のやつもあった気がする。
遣隋使(けんずいし)だっけ?それは唐じゃなくて隋(ずい)か。
こめその後時はたち、奈良時代になります。
玄昉(げんぼう)と吉備真備(きびのまきび)は橘諸兄(たちばなのもろえ)と一緒に仕事してましたね。

こめ玄宗(げんそう)の時代に行った阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)は、有能で気に入られて日本に帰国することがありませんでした。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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しきょうこのブログ書いてある時はまだ平安時代は書いてないであります!
フライングHEIANであります!
こめそう、まだ書いてないです。
そして皆様ご存知の菅原道真(すがわらのみちざね)が遣唐使をストップさせました。
ちなみに今回は有名どころだけ紹介してますが、遣唐使自体はもっといっぱいいます。

唐・新羅・渤海との外交

こめ遣唐使たちですが、4隻の船で唐に行きます。
これを「よつのふね」といいます。
ただし…この時代の航海技術は今とは比べものにならないので、全員無事に帰ってくることは少なかったようです…。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


しきょうしかしであります!
南ルートは海の中を突っ切っていくので、嵐が来たら終わりであります!
危険度MAXのルートであります!
こめ新羅とは白村江の戦いで不仲になりましたが、渤海(ぼっかい)という国とは仲良しでした。
渤海から来た人は北陸に来ています。
貧しくて辛い

こめ最後に市民の暮らしです。結論辛いです。
家は竪穴住居(たてあなじゅうきょ)から掘立柱住居(ほったてばしらじゅうきょ)になります。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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ひるまえ、結婚すると男が女の家に通うの?
ヒモ!?ありえな〜い!
しきょうヒモとはまた違うでありますが…。
奥さんの実家に通うってある意味プレッシャー感じるであります!
妻問婚(つまどいこん)というであります!
こめそして…税金の嵐!
基本的に田んぼを耕す仕事をしますが、これだけだとお金が足りません。
なので金持ちの土地を持っている人にレンタルしてもらい、その土地も耕し、一部利用料として支払います。
ひるまやだ〜!金持ちに生まれたい!
毎日田んぼ耕したくない!
冬どうしたらいいの?人間は冬眠できないじゃん!
こめ働けども働けども自分たちの生活は潤わず。
もう料理作ったのもいつだっけか…ってレベルで貧困だったので、その時の様子を貴族の山上憶良(やまのうえのおくら)が万葉集に残しました。
あとがき
こめほんとにこれで奈良時代終わり!
さあ…次の時代へ!
ひるまなんかめっちゃ勉強した気がするけど、まだ半分もいってないよね?
長いいいいいいいよおおおおお!
しきょうもっと知識を吸収するであります!

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