
こめ平安時代も残りわずか!
文化史に突入です。



素敵〜!



有名人だ!よくわかんないけど!
弘仁・貞観文化





平安時代文化史は大きく分けて三つあり、今回はひとつ目の弘仁・貞観文化(こうにん・じょうがんぶんか)をやります。
嵯峨天皇(さがてんのう)と清和天皇(せいわてんのう)の時代になります。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』







この文化の前は天平文化(てんぴょうぶんか)とかいう文化だっけ?
有名人だと鑑真(がんじん)が登場いた!





この頃は唐(とう)とやりとりしてるので、その影響があります。
唐は安史の乱(あんしのらん)の後で、崩壊が進んでますがまだまだ日本からすると立派で、学びにいく価値がありました。





特徴としては貴族中心(庶民はまだ勉強できない)、密教(みっきょう)とか。
不思議さと学問が合わさったような、刺さる人には刺さりまくる雰囲気がある文化です!



あたしからするとどの文化も全部同じに見える〜!
二大密教





超有名どころですね。最澄(さいちょう)、空海(くうかい)。
2人とも遣唐使(けんとうし)として唐で勉強してきました。
宗派や拠点は必ず押さえましょう。天台宗(てんだいしゅう)、真言宗(しんごんしゅう)。比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)、高野山金剛峰寺(こうやさんこんごうぶじ)。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』





最澄が存命の時は密教ではなく、この後弟子の時代に密教を取り入れていくのよ!
総合仏教の天台宗、密教のみの真言宗といったとこかしら?



なんのこっちゃって感じですが、天台宗が学問のイメージ、真言宗は呪文とか印を結ぶとか、不思議なことをするイメージです。
不思議ではあるけど、「あの世で幸せに〜」っていうより、リアルな幸せ(出世とか)を求めます。



大日如来(だいにちにょらい)は宇宙の根源的存在の仏様よ!
仏様のトップになるわ!


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



補足で、最澄の著書、顕戒論(けんかいろん)のところで出てくる大乗戒壇(だいじょうかいだん)とは、儀式するような感じの場所のことです。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
密教の影響





天台宗と真言宗。ウケたのは真言宗でした。
悩みに合わせた呪文とか面白そうですしね。
そこで天台宗も密教の要素を取り入れていこうってなります。
天台宗を台密(たいみつ)、真言宗を東密(とうみつ)と呼びます。



進めたのは最澄の弟子の円仁(えんにん)、円珍(えんちん)です。
さらにこの2人の支持者たちの間で分裂し、延暦寺に残った人たちを山門派(さんもんは)、園城寺(おんじょうじ)に行った人たちを寺門派(じもんは)といいます。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



これまであった信仰にも変化が起きます。
神仏習合(しんぶつしゅうごう)は奈良時代からもありましたね。これがもっとわかりやすくなっていきます。
本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)という「仏が本体で、神の姿になって現れる」という感じになりました。



???
でも神社と寺って違くない?



それは明治時代になってからのことで、私たちが目にしているのは明治時代からのものです。
日本史のほとんどは仏=神の考えでした。



え〜〜〜〜〜〜!?!?
そうなの〜〜〜〜!?



神宮寺(じんぐうじ)といって神社の中にお寺があり、神様の前でお経を読むといった、現代に生きる私たちからすると少し不思議な感じもしますが、ちゃんと残ってたりします。



神宮寺で探すとNumber_iしか出てこな〜〜い!❤️



あとは山岳信仰。山を神様とする信仰です。
元々あった信仰にプラスで密教が加わり、修験道(しゅげんどう)となりました。
山伏(やまぶし)は山で修行する僧のことです。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



こんな感じで神秘的な雰囲気があるのが密教です。
出世したいとかモテたいとか、リアルな幸せを求めた貴族や皇族の間でウケました。
護摩法(ごまほう)とか、ちょっとミステリアスですもんね!


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
建築・彫刻・絵画・書道





ここからは写真載せてくので見て下さい。



ちょ、ちょっと疲れてきてない!?


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



これ、一本の木から作られてるなんて…!
衣の表現がとても繊細だわ!翻波式(ほんぱしき)っていうのね!


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



この絵はとっても神秘的よ!
本物は園城寺にあって公開されてないわ。この画像は京都の曼殊院(まんしゅいん)でレプリカのものよ!


金剛界(こんごうかい)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


胎蔵界(たいぞうかい)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



きゃー!曼荼羅(まんだら)!
大きく見れないのが残念だわ!
仏の世界を絵にしたもので、曼荼羅は丸いものって意味なのよ!



最後の書道は嵯峨天皇・空海・橘逸勢(たちばなのはやなり)です。
橘逸勢は、藤原氏による他氏排斥(たしはいせき)の承和の変(じょうわのへん)で登場しました。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



は、はぁはぁ…。疲れたわ…。
教育・文学





最後は教育・大学です。
要は大学に入るための養成所+宿で、ここで勉強していい大学に入ろうってことですね。
しかしそれは一般市民ではなく貴族の話。
藤原氏などのVIP貴族は自分たち一族専用の施設を作りました。



結局…世の中金!!!



そう言わずに。
空海は市民も受けれる綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)をつくっています。



勅撰漢詩集(ちょくせんかんししゅう)とは、国の命令で作られたもので、こちらも嵯峨天皇がほぼ関わってますね。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



私撰は個人的につくったやつ?
え、これも空海が!?
空海何にでも出てきてない!?やば、ハイスペ…。
あとがき



実は私、来月坐禅とかしてきます。
密教じゃないけど。



え!あの肩叩かれるやつ!?



警策(けいさく)ね!


コメントは運営者が確認次第、表示されます!