土日更新目指してます!古い年代から進めて今に至る。

謀反の気配あり!橘か藤原か…権力者たちの嫉妬!

権力者は藤原氏なの?別の勢力の人なの?
交互に来てますが、今回は藤原氏のターン!

便利なアンテナ持ってんな〜。

謀反あり!謀反あり!

ほぼ身内

現在の天皇は孝謙天皇(こうけんてんのう)です。
そして権力者枠は橘諸兄(たちばなのもろえ)

橘諸兄(たちばなのもろえ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

なんか複雑だな!
ん?権力者もう1人いるくない?藤原の人。

藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)は、お父さんが藤原四子藤原武智麻呂(ふじわらのむちまろ)です。
孝謙天皇のお母さん、光明子(こうみょうし)と藤原武智麻呂は兄妹なので、身内になります。
光明子、聖武天皇(しょうむてんのう)、孝謙天皇、藤原武智麻呂は藤原氏の血筋です。

身内なら贔屓されるよね〜!
それだと、藤原氏じゃない橘さんヤバくなっちゃう?

そうなっていきます!
今回はそんな拗れた身内の話。

光明子(こうみょうし)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
孝謙天皇(こうけんてんのう)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
聖武天皇(しょうむてんのう)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

橘諸兄の嫉妬

孝謙天皇と光明子は身内の藤原仲麻呂を気に入って贔屓します。
そうなると権力者だった橘諸兄は力を失っていきました。
身分より能力重視だった人たちは、身分重視の人たちにより左遷されます。

むむむ…。
贔屓しないで能力を見て欲しいであります!

これは不満が溜まりますね。
橘諸兄はある日の飲み会で愚痴をこぼしました。
気持ちはわかります。ですが、この時代の天皇や上皇は神様です。
神様の愚痴を言うなんてとんでもないことでした。

チクられてしまったでありますか!
でも「あなたの悪口言ってたよ」って言う人が一番性格悪いと言います!

今回は上皇に対してなので、一般人のそれとはわけ違うと思いますがね。
それを病床で聞いた聖武天皇、現在は上皇ですが、なんと不問にします。
相変わらず可哀想。

処罰はなかったですが、愚痴をこぼしてしまった自分を恥じて、橘諸兄は自ら退くことになりました。
これで権力者枠は完全に藤原仲麻呂になります。

ちなみに聖武天皇はこの年に亡くなるであります!

謀反の気配

聖武天皇は生前遺言を残しました。
天武天皇(てんむてんのう)の孫の道祖王(ふなどおう)を次の天皇にしたいというものです。
しかしこの遺言は叶いませんでした。
孝謙天皇は道祖王の素行に対し、皇太子に相応しくないと判断して、廃位します。

あ、変わりに別の天皇が出てきた!
名前が天皇になってるから、この人が次の天皇になるんだね〜。

一方で橘諸兄の息子、橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)は激おこでした。
本当なら自分が次の権力者になってもおかしくなかったのに、お父さんが失脚したことで出世の道は絶たれました。
彼からしたら藤原氏は邪魔です。

仲麻呂と奈良麻呂で名前も似てるしね!
キャラ被せてくんなって感じだよね〜。

権力独占している藤原氏に対し、不満がある人も少なくありません。
そうした反藤原氏たちは、孝謙天皇を廃位して、自分たちよりの人を天皇にしようと企てます。

殺気が読まれてる!仲麻呂の方が上手か!
天皇にもチクられてんぞ!

ありがたい名前

謀反の計画はバレてしまったことで、関係者は拷問を受けます。
それにより獄死していきます。奈良麻呂がどうなったかはっきりわかってませんが、首謀者だし…ねぇ…?

天皇に対しての反乱は重罪なので仕方ないであります!

しばらくして孝謙天皇は淳仁天皇(じゅんにんてんのう)に譲位します。
これを推したのが藤原仲麻呂。
淳仁天皇はおじいちゃんが天武天皇ですが、お父さんは違います。天皇になれるポジションじゃなかったんですが、そこを推してくれた仲麻呂には頭が上がりません。

推してくれたことに感謝して、ちなんだ名前をくれたであります!
恵美押勝(えみのおしかつ)に改名であります!

そこから数年後、光明子が亡くなります。
これは恵美押勝+淳仁天皇にとってピンチでした。
なぜなら光明子に気に入られていたことで権力を手にしていたわけだったので、強力な後ろ盾をなくしたことになります。

天皇VS上皇始まる

さて場面は変わって上皇となった孝謙天皇。病にふせっておりました。
この時代は医療も発達していないので、病気になると祈祷とかで対処してたりします。
この道鏡(どうきょう)は孝謙天皇の病気がよくなるように祈る専属のお坊さんでした。

俺らですら水族館にいたら治療してもらえるのに、昔は大変だね。

自分が辛い時に支えてくれた人を好きになる。そんな不思議なことではありません。
孝謙天皇も同じでした。道鏡を寵愛するようになります。
でも道鏡は皇族ではないし、上皇と距離が近すぎると周りも気が気じゃありません。

これを注意したのが淳仁天皇です。
しかし孝謙天皇からしたら、愛する男と引き裂かれようとされている状態なので、受け入れるわけありませんでした。

ぬお!これは次回どうなんの〜!

あとがき

次回天皇VS上皇!勝つのはどっちだ!

五分五分か⁉︎
面白い勝負になりそう!

これは…一歩間違うと日本の歴史が変わってた大事件であります!
笑えないであります!

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